心地よい目覚め

 キャラバンを無事に終えた翌朝の、こんなに心地よい目覚めは、これまでに経験したことのないものだった。どうして、このような安らかな気持ちと、まるで全身を揉み解してもらった後のような快感とともに朝を迎えることができたのだろうか? 多分、ある意味での達成感と行動をともにしてくれた勇敢な仲間たちの熱い友情のせいかもしれない。
 
 初めて参加したチェロアンサンブルの被災地を訪れるキャラバンは、想像していたものとはまるで異次元の過酷なスケジュールが組まれていた。2015年の仙台コンサートに向けた公式練習を終えて、居酒屋での懇親会もそこそこに東北道を北上して一関に一泊して、翌朝には三陸海岸へと向かった。
 
 お祭りで盛り上がる山田町の屋外特設会場を皮切りに、宮古の仮設住宅がびっしりと並ぶグリーンピア、そしてとんぼ返りに南に引き返して大船渡のカメリアホールへと、移動と設営、演奏、あと片付け、別れの挨拶と息もつかせずにこなしていた。
 
 そのような中で、地元から参加した吉田さんの震災直後の体験談に参加者全員が涙ぐみ、新聞記者OBの木下繁喜さんが話してくれた被災した自治体同士の助け合いエピソードなど、被災地を訪れなければ聞くことのできない感動的な語りに胸を打たれていた。
 
 二日目は、鏡のような大船渡湾から静かに昇るご来光を拝みながら、二度とあのような大津波の被害が起らないように祈りつつ、6時からの朝食もそこそこに、急ぎ一関経由で仙台へと引き返した。
 
 仙台の南に位置する名取市の閖上地区は仙台空港のすぐ隣にあって、すべての家屋が全壊して多数の死者が出たところである。仮設の朝市が評判を呼んで、人々が集まって来ていたが、木造のレストラン兼売店のフロアを借りてのコンサートが実に和やかな雰囲気で行なわれ、集まった人々の笑顔に参加者全員が癒されていた。そこから少し離れたところにある評判のイオン・ショッピングモールが、キャラバン5回目の演奏会場となった。
 
 この日は連休の最終日だったせいか、広大な駐車場を車が埋め尽くすほどの賑わいとなっていた。モールの一階にあるイオンホールにて演奏すると、集まってきた子どもたちも大喜びで、実に和気藹々のコンサートとなった。
 
 そして、最終のコンサートが福島との県境に近い山元町中央公民館で行なわれた。ハイウエイ出口での渋滞に遭遇して到着が遅れたにも関わらず、大勢の人々が静かに待ってくれていた。
 
 先発隊は本隊が到着するまでの時間を無駄にしないように、一人が自発的にトークショーを始め、もう一人はそのトークに合わせてチェロの独奏をして何とか空白の時間を解消した。
 
 このようなことが自然発生的に行なわれるところが凄い。思わず「うーん」と唸ってしまった。
 
 2日間にわたり、合計6回の演奏会を終えて、はっと気がついた時には、お昼も食べずに終日走り回っていたためか、「めまい」を意識するほどに空腹を感じていた。この時にいただいた差し入れのおにぎりの美味しかったこと! 
 
 高橋明キャラバン隊長はじめ、田原光子事務局長さん、ほかお世話いただいた皆さん、そして限りなくチェロを愛する演奏仲間たちに心からの感謝を捧げます。ありがとうございました。
 

東北キャラバンを終えて

 2013年9月の福島での東北キャラバンに次いで、2回目の参加をさせていただきました。
 
 今回は,仙台でのプレ公式練習と岩手・宮城両県で合わせて6カ所でのコンサートと盛りだくさんのスケジュールでした。移動距離も予想外に大きく驚きましたが、海岸線を走る道路の海側のほとんどは護岸工事と更地というか、荒れ放題のまま。山側は盛り土のための土と仮設住宅と真新しい住宅、この光景に津波の恐ろしさと未だ進まぬ復興の難しさを感じました。
 
 コンサートでは、聴衆の皆さんの温かい拍手と大きな歌声に、私たちが励まされた気がしました。大船渡から参加された方が、未曾有の災害にあって、変に昂ぶっていた心が、ラジオから聞こえたアンパンマン・マーチで。ときほぐされ平穏と日常を思い出したと話されていました。いろいろな報道でそんなことがあったんだということは知っていましたが、被災されたその人自身からお話を聞き、音楽の持つ力を実感しました。
 
 顔をあげ大きく口を開けて歌っている皆さんの姿を見て、私たちの演奏もアンパンマン・マーチを少し奏でられたのかなと、胸が熱くなりました。
 
 このような機会を作っていただいたそれぞれの地域の関係者の皆さん、チェロアンサンブル協会の事務局、裏方として参加していただいた皆さんに感謝し、一日も早い復興を祈りつつ、来年のコンサートの成功に向けてがんばってきたいと思います。
 

「岩手・宮城キャラバン」に参加して 

 キャラバンから帰ってきた翌日、大船渡でお話を伺った住田町の新聞記事を目にしました。大船渡、陸前高田に隣接していながらも、被害のなかった林業の町、住田が震災直後に110戸の木造仮設住宅を完成させたとあり、驚きました。それを読んでいるときに地震があり、怖い思いをしました。
 
 キャラバンでは、震災で傷ついている方たちから、演奏後、お礼や慰労の言葉をかけられ、喜んでいただけたことが伝わりました。こみ上げてくるものがあり、こちらからは声を出すことができませんでした。個性豊かなメンバーの方たちとのキャラバン生活は、新参者の私にとって戸惑いもありましたが、楽しく実り多いものとなりました。
 
 みなさん、お世話になりありがとうございました。
 

東北キャラバンの感想

 NHKBSの番組で『にっぽん縦断 こころ旅』を毎回録画してでも見ていました。火野正平さんが東北三県岩手・宮城・福島を2度目に廻った時「何も変わっていない」「範囲が広過ぎる」って…この目で見て感じなければと東北キャラバンに参加しました。
 
 正平さんの言っていたとおり、崩れた基礎と雑草が覆い…それが街全体で何ヵ所も何ヵ所も範囲が広過ぎて言葉が出ません。でも道は整備されて何事もなく走れました。プレハブの建物もありましたが、コンビニがありました。海が綺麗でした。
 
 海の幸がとても美味しかった。そして人が暖かかったです。変な感傷を捨て、岩手・宮城・福島へ旅行の案の一つに入れてみてください。良い所々でした。
 
 広島の災害の心配をして支援をしてくださった方々に、涙が出そうで、きちんとお礼できなかったことが残念で仕方ありません。画面上ではありますが…皆様からの義援金とボランティアの方々のおかげで、少しずつ復旧しつつあります。ありがとうございます。
 
 

み〜んなに会えて良かった 2014東北キャラバン!

 こちらマル特漁業部(仙台名掛丁店)の懇親会から始まりました。公式練習とキャラバンへの参加者が酒をサカナに親交を深める、誠に意義深い開会式? でした。この3月、私は定年退職。退職前にその記念に自分にご褒美と、ちょっと奮発して2台目のチェロを購入。25年加入していた男声合唱団もチェロに専念したいとの理由で退団。自分なりに着々とチェロ三昧の日々を送る条件を整えてきました。あとはいい刺激、アドバイス、指導そして経験と度胸。そんなことを胸に今回キャラバンに臨みました。
 
 たまたま、公式練習会場は仙台と自宅から近く(2時間はかかるけど)、訪問先の岩手・釜石にはオケ時代の仲間が駆けつけ、指揮者体験もやってくれました。翌日、宮城では82歳の母にオケ時代にも見せたことのない息子の演奏姿(自宅練習以外)を初めて見てもらうことができました。
 
 弾けないところもあったけどプロの山本さんの隣で弾けて大変勉強になったし、大いに楽しむことができました。
 
 今回の最大の成果は、ちょうど1年ぶりとなったキャラバン仲間との再会、夜遅くまで語り明かした大船渡での交流親睦。ときにおかしく、ときに激しく、音楽、チェロ、そして協会の四方山話に耳はダンボで、喉は翌日ガラガラになりました。
 
 それにつけても、事務局の方々のご労苦、それから参加者皆様の東北への熱い思いに、東北人として、被災地の一人として心から感謝いたします。これからもよろしくお願いします。
 
 

第6回東北キャラバンに参加して

 震災以降、何か被災地のために貢献出来ることはないかと考えていましたが、2015年の「1000人のチェロコンサートin仙台」の参加申し込みをしたと同時に東北キャラバンの活動を知り、こんな私が参加してよいのかと思いましたが、これだ! と思い、今回思い切って参加させていただきました。
 
 今回の活動を通して、改めて「音楽の持つ力」の素晴らしさをを実感するとともに、「チェロっていいなぁっ」てしみじみ思いました。さらにいろいろな方々とも交流ができ、素敵なチェロ仲間も増え、プロの方々とも一緒に演奏できて、こんな幸せなことはありませんでした。
 
 ただ、現実も目の当たりにしました。初めて被災地を訪れましたが、震災から3年半が経った今でも、私が想像していた以上に復興が進んでいないこと。津波によって骨組みだけになった家が今も残されていたり、家の基礎だけが残っていたり、寸断された線路、グニャグニャに曲がっパイプ…………。
 
 これが現実なのかと改めて実感しました。それでも本当は辛いはずなのに、笑顔で私たちを、暖かく出迎えてくれたり、「来てくれてありがとう」と言ってくれたり、演奏を聴いて涙してくれたり、私たちの演奏と一緒に歌ってくれたりと、チェロを弾きながら込み上げるものがありました。
 
「できることを、できる人が、できる時にやろう」実際に震災を経験した方がおっしゃっていたこと。まさにその通りだと思います。災害時に法律だの国の許可がどうだとかそんなのいらないのです。ラジオで被害状況や亡くなった方々のお名前が繰り返し流れていた時にアンパンマンの歌が流れて、そこにいたおにぎりを握っていた30人の方々が全員号泣したというお話も聞いて、音楽の力の偉大さを痛感しました。
 
 チェロアンサンブルを届けることが直接復興につながる訳ではないですが、少しでも被災地の方々が笑顔、になってくれたらこんな私でも少しは役に立ったのかたなと思います。
 
 本当に良い経験をさせていただきました。思い切って参加して本当によかったです。来年の5月24日はいよいよ「第5回1000人のチェロ・コンサート」が仙台で行なわれます。私は今からもうすでに楽しみでしょうがないです。皆さんぜひ聴きにいらしてください。参加するか少しでも迷われている方がいたら、ぜひ思い切って参加しませんか?
 
 最後になりましたが、今回の東北キャラバンの企画・運営に尽力されました事務局の方々や演奏会場をご用意してくださった関係者の方々、一緒に演奏したキャラバン隊の皆様、そして演奏を聴きに来てくださった岩手・宮城の被災地の皆様に、心より感謝申し上げます。
 
 

6回目のキャラバンで思ったこと

 一関からの道、下り坂、大きくカーブして“目の前に異様な風景が飛び込んできた、陸前高田の惨状に息をのんだ”これが衝撃の始まりでした。凍える手を揉みながら、地元スーパー「マイヤ」滝の里店仮設店舗の野外駐車場の一角から始まったキャラバンは今回で6回目。回を重ねるにつれ、現地の様子も瓦礫は分別され、新しい住宅の姿も散見され、仮設ながら店舗も増えてきたように思えます。ただ、よく見ると瓦礫集積所にはたくさんの蜘蛛の巣が張り巡らされ、それに朝霧が纏わりつき、弱い朝日にキラキラ輝いて、もの悲しい風景を見せています。
 
 そういった過去5回でしたが、今回のキャラバン、閖上(ゆりあげ)で見た風景は1回目に逆戻りしたような衝撃でした。一面の草原に残る住宅のコンクリート基礎跡、津波の被害を受けた堅固な建物の残骸と剥き出しのままの曲がりくねった鉄骨、何と言う…復興未だし、いや、まったく手がついていない、ような…。 現地の日常がそんな中に置かれていると思うと、続く言葉が見当たりません。
 
 何年経っても、つらい、悲しい、やりきれない気持ちでおられる、皆様にせめて、自分たちでできること、“ 決して東北を忘れてはいません! ”というメッセージは来年も再来年も届け続けられればいいなぁ〜、と思っています。
 
 第1回のキャラバンで発症した“ 涙腺制御不能症候群 ”は一進一退で、今回のキャラバンでは、やや悪化したようです。
 
 
 

2014東北キャラバン参加 感想文

 今回で2回目の参加となりました。岩手県と宮城県は訪問自体が初めてで、しかも旅行ではなくキャラバン隊で被災地を回るという貴重な経験でしたが、東日本大震災の日からおよそ3年半経った9月の連休にようやく被災地を訪れることができたことは、「もっと早くに行くべきだった」という思いと「ようやく行くことができた」という二つの想いが重なりました。
 
 リアス式海岸脇の道路を、ようやく再開された牡蠣の養殖漁場を右手に北へ進み、また黄金色に色づいた稲穂がたなびく間を縫って、それぞれの会場へ向かいました。関東より少し早い秋の様相の東北は本当に美しく、ほんの数年前に大災害があったとは思えない美しさでしたが、会場に近づくにつれ殺風景な様子が多く目に入るようになります。途切れた線路、曲がったフェンス、基礎だけになった土地の周りは雑草が茂り、所どころに重機が置かれたままで、確かにまだ震災は終わってないのだということを目の当たりにします。仮設住宅にはまだそこにあり、人々が暮らしています。
 
 そんな東北の地の連休に、キャラバン隊はチェロの音を届けに行ったのでした。
 
 今年は、昨年に比べて少し気持ちに余裕もできてリラックスして弾けましたし、多少の上達もあったのでは? と我ながら感じました。昨年会った諸先輩方にも再会し、そしてまた新たにお知り合いになれた方たちとも時間をかけずに打ち解けられるのは、チェロの取り持つ縁でしょうか。チェロを通してお知り合いになった方は、どなたも素敵な方たちばかりで、昔からの知り合いのようです。
 
 合同練習もなしに集まった仲間たちではあるけれど、東北を想い、またチェロが大好きでたまらない仲間たちには、あまり多くの言葉も必要ないのかもしれません。
 
 演奏会が終わって、チェロに興味を持って話しかけて来られる方があり、また小さい女の子も珍しい楽器に触れてみたいと寄ってきました。キャラバンがなければ会うこともなかった方たちとの出会いは本当に貴重で、また直接被災地へ出向くことの重要性を感じます。そして、これまでより強くそこで笑顔や言葉を交わした方たちの生活を想い、意識することができるようになります。その方たちの健康と幸せをひそかに願い、チェロを弾くだけかも知れませんが、それでも何もしないよりは良いと思うのです。
 
 2日目の訪問地、宮城県名取市は、私の学生時代の友人が住む町です。友人もまた家の倒壊は免れたものの、すぐそばまで津波が来ていたと言います。なかなか会うことがままならず、もう10年以上経過していました。今回、わざわざ名取市の2か所の会場に足を運んでくれ、再会を果たしました。協会のこのキャラバンの企画がなかったら、再会の時はまた先に延びていたことでしょう。また私がチェロを弾いていなかったら、とも思います。
 
 チェロは不思議です。私にこの上ない楽しみとほんの少しの試練を与え、素敵な仲間を呼び、そして旧友との再会を果たさせ、私の知る世界と意識を被災地である東北まで広げます。
 
 さて、来年は1000人のチェロコンサートです。2015年はきっと世界にまで、私の意識は広がることでしょう。協会の運営に携わる方々、大好きな仲間たち、そして愛するチェロに無限の感謝を捧げます。
 
 

2014東北キャラバンに参加して

 東北キャラバンは今回初めての参加です。仙台の陸前原ノ町での1000人チェロのプレ公式練習を皮切りに、岩手県山田町、宮古、大船渡、宮城県名取、閖上、山元町の6か所で音楽会を行ないました。
 
 20名ほどのアンサンブルを最初の山田町では到着後いきなり本番、屋外特設ステージで風も強く楽譜が飛んでいきそうな状態での演奏でもあり、戸惑うことも多かったです。宮古、大船渡と回を重ねていくうちに演奏も落ち着いてきたように感じます。コンサートマスターを務めていただいた寺田先生が、終始にこやかに皆さんにアインザッツを送っていたのが、とても印象に残っています。寺田先生、本当にありがとうございました。
 
 大船渡では地元の方が一人、チェロの合奏に加わってもらえました。その方のお話がとても心に残っています。炊き出しをして、皆でおにぎりを握っている時、ラジオからアンパンマンのメロディーが流れ、皆その場で泣き出してしまったそうです。被災後はずっと非日常の生活が続いていました。緊張が続いていたのだと思います。でもアンパンマンの歌で、心の中にほっとしたものを感じたのだと思います。皆でその時話し合ったそうです。それは、「震災前の今までの生活をまた同じようにやろうよ」ということでした。「日常だったことをまたやろうよ」と皆で話したそうです。音楽の力が勇気を与えてくれたのだと感じます。こうして20人もの沢山の方と一緒にチェロの合奏ができたことは本当に本当に夢のようでした、と涙ながらに「ありがとうございました」としきりにお礼を言われていました。涙流しながらも嬉しそうにされている姿をみていると、キャラバンに参加できてよかったと心から思いました。
 
 復興支援ということで活動していますが、逆に地元の方々から力をいただいているようで嬉しかったです。このような形でも役に立てることがある、ということが本当に嬉しかったです。これからも自分のできる所から何かしたいなと思いました。
 
 昼間は、演奏している時間以外はほとんど移動時間。マイクロバスでもあり、後部座席を潰しての限られた時間での楽器の積み込みは大変なご苦労だったと思います。飯沼さん、お一人で孤軍奮闘されていましたね。手伝いたくとも狭い車内で、積み方をわかっていないと返って邪魔するだけになるので、楽器を手渡しするだけのお手伝いしかできませんでした。
 
 独唱予定だった畑井さんが病気で急遽参加取りやめとなり、曲目変更に対処し、司会の代行もされ、総司令部となって皆さんを導いていた田原事務局長さんには本当に頭が下がります。移動途中で一度疲れからか具合が悪くなり、皆で心配していました。着いた先ではまた元気に司会をされていて、ほっとしました。
 
 最後の山元町では、マイクロバスが渋滞に巻き込まれ、到着がかなり遅れてしまいました。自家用車で来られていた斎藤さん、高坂先生が先に到着できたため、斎藤さんがチェロはこんな楽器ですよと紹介したり、高坂先生が独奏で「鳥の歌」や「白鳥」など弾いて、皆さんが到着するまでを繋いでくださっていました。素敵な連携プレーでした。
 
 高橋理事は運営に専念してくださって(本当はチェロ弾きたかったのだと思います)、取り仕切ってもらえたからこそ、今回の成功があると思います。たくさんの方々のお力があってこその今回の成功です。皆様に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
 
 

1000チェロ仙台練習&キャラバンに参加して

 
 2泊3日の旅は、皆さんと中日(なかび)に別行動のため、マイクロバスでなく、マイカーで移動。それでも、多くの方々と交流でき、大変満足な旅でした。まず、事務局に感謝!です。
 
 9月13日(土)朝、東京駅新丸ビル前集合。10数人乗るレンタマイクロバスに、我がマイカーが追走。ありがたいことに、若い2人の女性が同乗してくれたので、飽きることなく、仙台の会場へ到着。2015年5月24日「1000人のチェロ・コンサート仙台」のための仙台会場での練習。40人強。指揮は、本番で振る田久保先生が「初回」なのでまずは音慣らし。そして、なんと、12パート中の第6パートは、私と福島から参加の「斎藤」さんの2人だけ。難しくて弾けない箇所のある曲もあり、本番までガンバリマス。5時半終了。
 
「名掛丁」って変な名前の路地の居酒屋で、約半数参加の「乾杯」!四国、広島など遠方からのチェロ仲間に加え、マイクロバス運転役の方と懇親会で雑談してたら、共通の得意先の話から、「私の前職の会社の名物重役にお世話になった」と。また、福島から参加の方は、3・11以降何度も行った南相馬からの方だったので、ローカル話で打ち解けました。私は運転するので、もっぱらノンアルコール。そして、岩手の一関へ向かうキャラバングループから離れ、東松島のホテルへ。
 
 9月14日(日)。石巻市内で2015年3月14日の埼玉県「和光3・11を忘れない」コンサートに招致する「市民オケ」「有志合唱団」との打ち合わせ。石巻文化協会や石巻市合唱連盟のトップや、石巻市民交響楽団団長らと、2時間打ち合わせしたあと、11月2日第40回記念定期演奏会を迎える同オケの夜間練習に参加し、団員に来年3月のコンサート説明と参加呼びかけをし、団長など数人と深夜まで懇親。
 
 9月14日(月祝)。岩手の3ヵ所で演奏してきた約20人のチェロと名取市内の「閖上」で合流。会場までは、津波で打ち抜かれた建物がわずかに残る荒野と化し、海辺の一角だけが、主に魚販売の数十軒の店と数百台のマイカーが駐車で賑わっていました。私にはこれが初の「アンサンブル」。なんとか終わり、1時すぎから、比較的近い「名取」のイオンモール。大勢行きかう場所で、かと思いきや、イベントホールで、外の騒音からも隔離でき、演奏に集中。そして、3時から開始のはずの「山元町」へ向かいました。が、仙台に出かけた福島県民が常磐自動車道の無料チェックを受けるため、「山元町」IC「一般出口」で長蛇の車列。主力メンバーの乗るマイクロバスなどは、ETCがなく、行列に並ぶしかない。そこで、ETC付きで先行した数人で、山元町中央公民館にすでにお待ちの観客の前で、私がマイクで、あることないことで場内を笑わせ続け、そして、なにより、第1パートの仙台のお医者様が、ゆったりと、そして美しい音色で、「白鳥」「鳥の歌」などのソロを弾いてくれて、なんとか「時間稼ぎ」ができました。また、支援活動で旧知の山元町の歌「この町で」の作曲演奏メンバーたちが家族連れで、わざわざ応援に来られ、会場設営やマイク調整までお手伝いいただいてしまいました。
 
 そして、全員解散時、私から来年「和光3・11」チェロ参加のお願い。何人かの方が「出るよ」。ありがたいことでした。そして、またひとり、朝、開通したばかりの国道6号を通り、15ミリシーベルト程度の高線量の第1、第2原発前を通過。気休めのマスクをし、窓を締め切り、エアコンかけずの、真っ暗闇の不安な一時間。広野ICから常磐道で夜10時帰宅。疲れましたが、満足感で、即爆睡できました。
 
 

秋田からの帰り道に合流

 仙台でのプレ公式練習、そして東北キャラバン2014が行なわれた9月13日〜15日。私たちは、12日に仙台で1泊。プレ公式練習を終えた皆さんが宴会をされた名掛丁の居酒屋で、先行してロケハン? しておりました。翌13日に秋田市に移動。黄金色に輝く東北の秋を満喫しながらのドライブは、好天に恵まれました。
 
 秋田では、10月19日(日)に本番を迎える「国民文化祭あきた2014」の一般オーケストラ部門の練習が13日と14日に行なわれたのです。全国から集まってきた「オケ好き」たちとマーラーの交響曲第1番「巨人」を楽しめるのですから、ワクワクします。ヴァイオリンやヴィオラで昔から楽しんできたこの曲に、チェロで演奏参加できる幸せを感じました。それに8月上旬の練習同様に、今回もチェロパートにはN響の銅銀久弥さんがトレーナーとして特別に参加してくださっていて、練習も夜の懇親会もチェロ仲間同士、とても親しくさせていただきました。自宅が近い!こともわかり、嬉しさもひとしお。
 
 そんな秋田でのチェロ生活を切り替えて、15日の午後、イオンモール名取でのキャラバンから合流です。マイクロバスと数台の車がちょうどイオンモールに到着した頃に、こちらも合流でき、ラッキーでした。経験がないほどの巨大なショッピング施設なので、車を止める場所は数百メートルも先です。駐車場と施設を往復する途中で、宮城キャラバン2012に引き続き、今回もキャラバンに参加してくださっている仙台フィルのチェロ奏者、山本純さんと話ができたことは嬉しい時間でした。国民文化祭チェロパートでトップを務める仙台市民交響楽団の菊地奈美子さんを、山本さんはよくご存知とのこと。チェロの輪がどんどん広がっていきます。
 
 キャラバンの参加は2012年11月の初回以来でした。あの時は手探り状態での試験的な意味合いもありましたが、今回はすでに6回目。毎回、新しい場所、初めてのお客様の前での演奏を準備することは大変なエネルギーを必要とすることだと思います。それでも、久しぶりに聴いた田原光子さんの名司会ぶりとともに、限られた演奏時間の中で、チェロのアンサンブルの魅力、国際チェロアンサンブル協会としてのアピール、そしてもちろん被災地域の皆様への寄り添う気持ちは、伝わったことでしょう。
 
 山元町中央公民館でのコンサートの時、4番パート近くの最前列にお座りのお二人の女性が、相次いでバッグの中を見ながら何かを探していました。演奏に集中されていらっしゃらないのかな? と思っていたところ、二人が取り出されたのは、ハンカチ。そしてそっと目頭を押さえていらっしゃいました。その時の曲目は「1000の風になって」でした。
 
 キャラバンに合流せず、そのまま帰宅することもできたわけですが、こうした体験は、楽しさだけのオーケストラ活動とは違った、東北キャラバンの持ち味でしょう。ここにも音楽の持つエネルギーがあるのですね。変速的な参加を快く受け入れてくださった皆さんに感謝します。