「2013福島キャラバン9月」が終了しました!

 2011年から始めた東北キャラバンも今回が5回目。今年は、昨年の反省を踏まえ東京からバスで移動したこともあり、情報共有や伝達などかなりスムーズな良いキャラバンができたと思います。
 7月は仮設住宅など中心のアットホームな演奏会、9月は全て演奏会形式で行ないました。大きな会場での演奏会には不安もありましたが、いらしてくださったお客様のお陰でとても盛り上がりました。
 出発までは相変わらずドタバタ。何度揉めたかしれませんが、終わってみればそれも楽しい?思い出です。一緒にがんばって企画、準備してきた事務局の藤代さん、高橋理事、畑井理事には本当にお疲れ様でした。また、ご参加くださったNPO会員の皆様、ありがとうございました。皆様の感想を伺い、改めて力を尽くした甲斐があったと思いました。
 そして何より、福島の皆様、いらしてくださってありがとうございました。また、会場のスタッフの皆様には大変お世話になりました。本当にありがとうございました。

事務局長/田原光子


第5回東北キャラバンのご報告

高橋 明 (国際チェロアンサンブル協会 理事)

無事任務完了

 第5回東北キャラバンは9月7日(土)、8日(日)に、予定通り、成功裡に無事完了いたしました。この場をお借りして、5ヵ所の現地の会場関係者、お手伝いの皆様、ボランティアの方々、そして全国から参集いただいた参加者、スタッフの皆様に改めて感謝申し上げます。
 理事として5回のキャラバンのすべてを計画、実行できたことは、とてもやりがいがあり、また充実した時間を過ごすことができました。改めて今回のキャラバンを振り返り、今後の糧にすべく、経験と学んだことをお伝えして、責を果たしたいと思います。

5会場、すべてコンサート形式

 今回のキャラバンは、諸事情が重なり、特にいわき市長選挙が同日に行なわれ、市の施設や、職員の問題などがあり、5会場すべてがコンサート形式の大きな会場になりました。これには集客の問題(会場を埋めるお客様に来ていただけるか)、音楽を届ける先の問題(本当に音楽が必要な方々に届けられるか)、演奏の内容と質の維持の問題などが懸念されました。個人的な結論から先に申し上げると、このような方式には、メリット(一度にたくさんの聴衆に音楽を届けられる)とデメリット(きめ細かい聴衆との交流がおろそかになる、決して推奨していなかったわけではないが、結果として会場と会場を移動するパターンになってしまった)の両方があり、それを良く認識した上でプログラムする必要があると感じました。このバランスはとても微妙です。仮設住宅の集会所に伺うことが、直接的に被災した方々と交流する唯一の方法ではないし、被災地域の状況も日々変化しています。そういうことを考えて、私たちが東北キャラバンで実現したいと考えていた、そもそもの目的を忘れないようにすることが大事なのだと思います。

第1回はNABEホール

本職アナウンサー

 記録としても必要と思いますので、各会場の様子などを簡単に記しておきます。他の方の報告と重複する場合もあるかと思いますが、ご容赦ください。9月7日の土曜日は郡山の総合南東北病院北棟1階のNABEホールでのリハーサルから始まりました。ホールの名前の由来となった渡邊一夫理事長がご多忙の中、病院およびグループの震災体験と取り組みのお話をしてくださいました。大変な状況の中で看護職員を一人も離脱させることなく、組織をあげて対処したとの話でした。すぐに会場に戻ると病院職員の方々総出のご助力もあり、約200席のホールは、予備席が必要な状況となっておりました(230名ほどの参加)。キャラバンのこれまでの演奏会スタイルのプログラムにモーツァルトの「魔笛」合唱とカノンを加え、楽器紹介から、指揮者体験、カラオケコーナーまで、90分のフルプログラムを演奏しました。

渡邊理事長の挨拶

 指揮者体験とカラオケコーナーでは、別府大分放送の現役アナウンサーの軽妙、洒脱な司会進行で、一気に場が和み、勇気を持って登壇されたチャレンジャーの皆さんも、存分に楽しんでいただけたと思います。ICES(国際チェロアンサンブル協会)の会員の層の分厚さに改めて感激した次第です。途中、理事長挨拶、松本顧問の第1回1000チェロの話、私のキャラバン準備の話もさせていただきました。最後にアンコール「見上げてごらん夜の星を」を演奏後、特別顧問の吉本高志先生、渡邊一夫理事長のご挨拶をいただきました。渡邊先生の「北国の春」カラオケで、会場全体が大きく盛り上がって、気持ち良く会場をあとにできました。

第2回は「まほら」ホール

会場の様子

 三春町の若松屋旅館へ移動後、夜の会場である三春交流館「まほら」へ向かいました。三春駒と滝桜で有名な観光地三春は、ICESとも関係の深い石坂団十郎さんがデビューリサイタルをされた、立派な本格的ホールがあることでも有名です。そのホールでのコンサート。今回の5会場のなかで一番心配でした。集客の核になるメンバーや知り合いがおらず、フルに使うと400席もある立派なホールで、逆に演奏する側のモチベーションが低下しないか危惧されました。事前に鈴木義孝町長にお願いに行き、また、様々な伝手を辿って整理券の配布を行ないました。

集合写真

三春町は福島第一原発事故により、葛尾村、富岡町から多くの方が避難してきており、それぞれの担当の方から連絡もしていただきました。主として1階を使い、80名強の方々に、音響効果、設備ともに万全の状態で、90分のフルプログラムを気持ち良くお届けできました。町長が結婚式でどうしても来られないということで、遠藤真弘教育長に終演後のご挨拶をいただきました。

三春は雨、負けずに参加者交流も深夜まで

 遅い、しかし盛りだくさんの夕食を旅館でとったあと、さかんに参加者交流も行ないました。理事は懸案事項がかなりあり、理事会で中座しました。その後合流しましたが、翌日3ヵ所の公演も控えているので、ほどほどにして休ませていただきました。翌朝はアップダウンの結構きつい坂を含めて、土砂降りの雨の中、5kmほどジョギングもしました。

第3回は小野町へ

 小野町は、小野の小町の故郷です。小野町役場前の医院には、卒業以来30数年ぶりにこのイベントが縁で再会した同級生(石塚医院院長石塚尋朗先生、地元の医師会長)がいるのです。今回の話をたまたまFacebookで見かけた名前から辿ってお願いしたところ、二つ返事で引き受けてくれました。ちょうど良い施設がある、ということで下見に伺ったところ、当初予定の200名規模のスペースは先約があり。「俺にまかせておけ、いっぱいにしてみせるから」と請け合ってくれたので、体育館としても使える大きなホールを予約したのでした。

終演後のアンコール

この友人は前夜には三春町の旅館に、差し入れを届けてくださり、また、昼食にとエビフライと、カツのサンドイッチ、お茶まで差し入れてくださいました。施設の方も大変協力的で大きな看板を作って、待ち構えていただきました(聴衆は150名程度)。心配していた音響も問題なく、開演後の彼の挨拶では、「小野町ではめったにない文化的イベントで、参加者一堂大いに堪能した」、とのことでした。会の充実は彼の活躍に負うところ多大でした。大いに感謝したいと思います。

第4回は平競輪場

サイクルシアター入り口

 当方の予定を決めた後に、同日にいわき市長選挙が行なわれることが判明しました、市職員は忙しく、市の施設や、仮設住宅の集会所などは使用できない、ということで頭を抱えていたところ、やはり強力な助っ人が現れてくれました。私の同級生で、いわき市立磐城共立病院の副院長をしている、新谷史明先生です。いろいろと、ボランティア活動をしている病院関係者などからの情報で、平競輪場の中にサイクルシアターという施設があり、無料で一般開放している、駐車場も十分、とのことで、一も二もなくお願いしました。当日は日曜昼前から、磐城共立病院の職員の方々が駐車場の整理から忙しく、立ち働いていただいており、大変恐縮いたしました。

会場の様子

 この会場の一番の懸案は舞台となるスペースが狭く、他の会場のようなチェロアンサンブルの並べ方ができません。結局、写真のように変則的な前後2列。最初は後の幕をおろしていましたが、逆にない方が音響的に良いということで、すごく解放的な状態に。右側の大スクリーンでは大分別府での実況中継もかかっていて、指揮者体験、カラオケコーナーも大変盛り上がりました(聴衆は150名程度)。
 この会場では終演後に奇跡が起こりました。何とスタンディングオベーション。長いキャラバンの中でも、アンコールのコールがかかることはありましたが、スタンディングオベーションは初めて(小野町でもそれに近い状態にはなりましたが、全員が立ち上がった訳ではありませんでした)。おそらく、この会場の開放的な雰囲気と、浜通りのオープンで直裁的な気質のせいも関係していたのでしょう。シアターの音響効果もあったと思います。一同初めてのことにどぎまぎし、感激したまま会場をあとにしました。司会も興奮していて、終演後の挨拶をお願いしてあったのを忘れるほどでした。

第五回は磐城共立病院外来ホール

磐城共立演奏の様子

 平競輪場から磐城共立病院に移動、雨の中、駐車場との距離など心配しましたが、スムーズに移動できました。こちらも病院職員の方々が至れり尽くせりの準備をしていただいており、時間的にも少し余裕がありました。今回のキャラバンでは唯一ショートプログラムでしたが、歌うところでは職員の方が盛り上げてくださり、良い演奏ができました(聴衆は100名程度)。

渡邊さんのお話

 終演後、津波で壊滅的被害を受けた市内豊間地区の民生委員で、ふるさと豊間復興協議会事務局の渡邊博之さん と病院副院長の新谷史明先生からスライドを使ってお話をしていただきました。海岸へりに設置されていた防波堤が土台ごと持って行かれて、別の場所に移動していたり、津波の押し寄せるさまを連続写真で見せていただいたり、大変な壊滅的状況から立ち直ろうとする決意あふれたお話に、一同また被災地域への思いを新たにしました。

東北キャラバンの意味

 前回の第4回キャラバンの報告で、私たちは全国から、「何ものにも代えがたい貴重な精神」を持って、「被災地域に来るのだ」、ということ自体が大きな意味がある、ということを書きました。そして2日間のキャラバンで被災地域でしかできない体験をして、「被災地域の現実からなにものかを持ち帰る柔軟性」を参加者全員が持っている限り、「この活動は誇って良いものだ」、とも書きました。結局この2点が最も重要なポイントだと思います。しかし、もう1点、もう少し突っ込んで考えて見る必要のあるポイントがあるように思います。それは「どういう思い」を被災地域に寄せるのか、という点です。福島県に7月、9月と2回入り、演奏してみて強く感じるのは、どの会場からも感じられる、おいでいただいた方々からのパワーの強さです。音楽は演奏者と聴衆との、「目に見えない」交感から、時として信じられないような力を発揮します。この交感が第1回から3回までの福島県以外での演奏と桁違いだったのです。これはいろいろな要素が複雑に絡み合ってはいますが、福島県がおかれている現実の反映なのだと思います。私が第3番目のポイントとしてあげたいのは、この福島県のおかれている現実に、「どのような思い」を寄せるかによって、また私たちがお返しできる、あるいは、持ち帰れるエネルギー、パワーの質と量に大きな違いがあるのではないか? という点です。何も言わなくても、何も考えなくても良い、という側面があると同時にそうでない側面も必ずあるのではないかと、改めて自戒を込めて書いておきたいと思います。


「福島キャラバン9月」開催告知チラシ

下記のような「福島キャラバン9月」のチラシを事前に配布し、PRにつとめました。

総合南東北病院北棟1階 NABEホール

三春交流館「まほら」

小野町多目的研修集会施設

平競輪場シアターホール

いわき市立総合磐城共立病院