2016年度からの新しい体制で、すでにいろいろな動きを始めています。
ここでは、新しい役員のご紹介をかねて、ご挨拶させていただきます。

髙坂 知節 理事長(新任)Tomonori, TAKASAKA

「NPOの崇高な精神を尊重し、皆さまとともに歩んでまいります」



髙坂 知節 理事長 このたび、8名の新しい理事、2名の監事とともに、NPO国際チェロアンサンブル協会の運営に携わることになりました理事長の髙坂知節(たかさか とものり)です。このような大役を拝命し、身の引き締まる思いをしております。会員の皆様のご理解とご協力なくして、この役職を全うすることは不可能ですので、どうぞ暖かく見守っていただきたく、よろしくお願いいたします。

 なお、事務局長には、30代前半の新進気鋭で、横須賀在住の松本光生会員を抜擢しました。会員の皆様とのカウンターパートとして、存分に手腕を発揮していただけると大いに期待しております。

 私は、父が満州医科大学に在籍していた関係で、奉天(現在の瀋陽)にて出生し、第2次世界大戦の敗戦後に北朝鮮の平壌(ピョンヤン)から徒歩で38度線を越えて、母国日本に命からがら辿り着くという壮絶な体験をしました。

佐藤良雄先生門下生の発表会での記念撮影、前列中央が佐藤良雄先生、右端が筆者 東北大学医学部に入学と同時にチェロを始め、新幹線のない時代でしたが、東京の佐藤良雄先生門下に入ってご指導をいただきました。

 耳鼻咽喉科医としての専門を極めるために約10年間のブランクこそありましたが、趣味としてのチェロを手放すことはなく、これまでカルテットやアマオケで弾き続けてまいりました。NPO国際チェロアンサンブル協会との出会いは、山形県天童市で開催された「高円宮親王殿下追悼の1000人のチェロ・コンサートいんやまがた」でしたが、その感激を忘れがたく、広島の第4回1000人のチェロ・コンサートに参加し、引き続いて昨年の仙台では地元のチェリストとして実行委員兼仙台運営委員長を務めさせていただきました。

 これまでの経験を生かしつつ、NPOの崇高な精神を尊重して皆様とともに歩んでまいりますので、どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。

略歴
1962年 東北大学医学部卒業
1985年 東北大学教授(耳鼻咽喉科学)
2000年 東北大学停年退官、仙台逓信病院長就任
2005年 東北文化学園大学学長就任
2013年 河北診療所耳鼻咽喉科院長として現在に至る

松本 光生 事務局長(新任)Mitsuo, MATSUMOTO

「1000人のチェロは、日本が世界に誇る財産。裏方から支えます」



松本 光生 事務局長 このたび、事務局長を拝命しました松本光生です。

 私は2015年5月、仙台で「1000人のチェロ・コンサート」を観客席で聴き、それまでに体験したことのない感動を覚えました。その素晴らしいイベントを産み出す本協会の事務を担当させていただくこととなり、身の引き締まる思いであると同時に、大変光栄に思います。

 さて、そのスタートを切るにあたり、自己紹介と決意表明をさせていただきます。

 私はチェロは弾きません。アマチュアのヴァイオリンプレーヤーです。幼い頃から、音楽は私にとっていつも大切な存在でした。いくつかのアマチュアオーケストラで演奏し、運営にも携わってきました。そしていつしか、コンサートを企画運営したり、アーティストの活動のお手伝いをしたりするのが本業になりました。音楽を通して、聴く人に何かを伝えることを、今は天命と思って生きています。

 そんな時に出会ったのが、チェロアンサンブルでした。

 私の目から見たチェリストというのは、プロ・アマチュア、国籍、年齢を問わず、大きな楽器を抱えて集い、音楽を奏でることが好きでたまらない人たちです。ごく自然に多くの人がつながり合い、音楽を楽しんでいるチェリストたちを見ると、私はいつもうらやましく思います。同じ楽器だけで集まってこんなに楽しめるのは、チェリストだけかもしれません。

 さて、多くの人が集まり、一緒になってひとつの音楽を創り出すとき、一番大切なことは何でしょうか。演奏技術でしょうか。練習の参加回数でしょうか。もちろんどれも大事だと思います。しかし、最も大事なのは「参加者みんなが誇りにできる目的と楽しさが、いつも中心にあること」だと、私はこれまでの経験から確信しています。

 1000人のチェロは、日本が世界に誇ることのできる財産です。そして、その音楽の魅力は比類がありません。その素晴らしさを、世界中の人に伝えることができるよう、本協会の事務を支えるのが私の仕事です。聴く方々に感動を伝えられるように、また演奏者は安心して思い切りアンサンブルを楽しめるように精一杯働き、本協会を裏方から盛り立てていけたらと思っております。

 どうぞよろしくお願いいたします。

石井 陽子 理事(新任)Yoko, ISHII

「チェロを愛する皆さまのお役に立てるよう、努力します」



石井 陽子 理事 「第3回1000人のチェロ・コンサート」への出演を目標に創部された、株式会社フェリシモのチェロ部に所属しています。第4回の広島・第5回の仙台では、公式グッズの企画や販売で関わらせていただきました。

 人生の中で、チェロと出会えたことをとても幸せに感じています。そして「1000人のチェロ・コンサート」では、アンサンブルの楽しさと奥深さ、同好の士に出会う喜びも知ることができました。

 チェロを愛する皆さまのお役に立てるよう、しっかり努力してまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

岩谷 毅 理事(新任)Takeshi, IWATANI

「各地で弾いているチェロ仲間を結びつけるのが使命」



岩谷 毅 理事 縁があって、理事をすることになった、広島在住の岩谷でございます。

 チェロを始める前までは、ゴルフを楽しんでおりました。2000年に知人から「趣の異なる趣味を持ったら、長い人生を有意義に楽しめますよ!」との助言から始めたチェロです。広島のアマオケやチェロ・アンサンブルを楽しんでいましたが、東日本大震災を期に、協会の活動をメインに活動しております。

 北海道から鹿児島までチェロ友ができました。各地で弾いているチェロ仲間を結びつけるのが使命と思っております。会えた時は、どうぞ気軽に声をかけてください。一緒に楽しみましょう。

上田 聖子 理事(新任)Satoko, UEDA

「いろいろな活動の構想が、溢れています」



上田 聖子 理事 皆様、はじめまして、福岡の上田聖子と申します。

 「第2回1000人のチェロ・コンサート」から初めて参加して、現在に至ります。実はこの時に、たくさんのチェロ仲間ができたことで、私はチェロで自分の人生を拓いて来ることができました。

 その後の1000人チェロでも、ご恩返しのつもりで、分奏練習指導を担当してまいりました。河野文昭、森由季野、川上徹、木越洋の各氏に師事し、福岡市を中心に室内楽などでの演奏活動とチェロ指導をしております。

 2015年仙台の「第5回1000人のチェロ・コンサート」のあと、分奏でのアンサンブルが終わってしまうのが惜しいとの声を受け、福岡ではEnsembleOhr(アンサンブル・オーア)を結成しました。全国各地にこのようなアンサンブルのグループができて、時にはお互いの土地を訪れてアンサンブルと交流を楽しんだり、いざ1000人チェロが開催される時には、準備万端で臨めるようになればいいなと、構想が溢れています。

 このたびは理事という大任で、各々の会員の皆さまにとって、NPO国際チェロアンサンブル協会との関わりが意味深いものになりますよう、微力ですが尽力したいと思います。

 皆さまにおかれましても、新しいNPO国際チェロアンサンブル協会に期待していただいて、さらにお友だちをお誘いください。近い将来に皆さまと、チェロとともにお会いできます日を楽しみにしています。どうぞよろしくお願い申し上げます。

戒能 哲雄 理事(新任)Tetsuo, KAINOU

「チェロという共通語で、輪を広げたい」



戒能 哲雄 理事  このたび、地方の声を反映する、地方への情報発信を密にするとのお声掛けをいただき、理事という大役を仰せつかりました。何卒よろしくお願いいたします。

 私は1983年にチェロを始めましたが、オーケストラのチェロパート譜をさらうとか、ヴァイオリンの先生に誘われて弦楽四重奏を少しやっていたくらいで、定期的にレッスンを受けるとかソロ曲(練習曲を含む)をさらうということは、ほとんどありませんでした。

 1998年、「第1回1000人のチェロ・コンサート」に参加させていただき、チェロ・アンサンブルの魅力を知りました。広島での公式練習の後、食事にお誘いいただき、そこから私のチェロ愛好家のみなさんとの輪が広がり始めました。「1000人のチェロ・コンサート」に出演したとして、単に楽譜を弾いてきましたというだけでは1/1000でしかありません。でも、チェロという共通語の下に、たとえば隣の奏者から始まって「輪を広げていく」という意志があれば、その魅力は何倍にもなるものだとの経験をさせていただいたのです。

 その後、国際チェロアンサンブル協会ができ、その「輪を広げる」可能性がより広がったわけですが、このたび、そのお手伝いをさせていただくことになり、チェロ・アンサンブルを通して、皆さまにより多くの笑顔をお届けできますよう、がんばってまいります。

 最後に、こんな私からプレゼントを。

新 巳喜男 理事(新任)Mikio, SHIN

「将来につながる基盤を固めたい」



新 巳喜男 理事 「第1回1000人のチェロ・コンサート」を知ったのは、NHKスペシャルの番組でした。1000人が集う、それもチェロで。そんなすごいことが、東京ではなく、被災地の神戸で行なわれた。番組は、中心人物である松本巧さんを丹念に取材し、1000人の奏者たちの姿を追うものでした。

 その番組を見た興奮冷めやらぬある日曜日、所属していた宮前フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターとして、チェロのパート練習を見学していました。その時、1000チェロのステッカーを貼ったチェロケースがあったのです。持ち主は、新入団員として参加したばかりの田原光子さんでした。テレビで見た神戸のあの興奮が、こんなに身近なところでつながり、驚いたものです。

 そのうち、本業の編集者として、横浜での「日韓親善チェロコンサート」(2002年3月)のチラシやプログラム作りに参加。その勢いで、同じ年の6月には、会報誌Cellissimo創刊を果たしました。チェロを弾く妻とともに、足繁くイベントに参加し、写真やビデオに記録していたのが、当時の姿でした。2003年の天童、その年末の「高円宮様追悼コンサート」にも、妻の付き添いで参加。ヴァインスハイマー氏に会えたことは、望外の喜びでした。

 2005年の「第3回1000人のチェロ・コンサート」には、創刊したばかりの「サラサーテ」編集長として、1週間神戸に滞在。数年前から見よう見まねで始めていたチェロで、12番パートにデビュー。練習の合間に、ロストロポーヴィチやゲリンガス、シュタルケルなど錚々たるお歴々を取材していました。10〜12番パートの分奏指導をされていたロストロさんの頭舐め、300人の練習風景の写真は、今だに門外不出のお気に入りの写真です。

 2006年の山古志にも参加。我が家には1台しかチェロがありませんでしたから、いつもコンサートが近づくと、あちこちから楽器を借りる算段をしたものです。楽器店さんのこともあれば、プロ奏者から、友人たちからといろいろ。ずいぶんお世話になりました。その後、縁あって、スズキ・メソードのチェロ教室に通うようになり、基礎を学ばせていただいております。小さな先輩たちに負けたくないからですが。

 第4回広島からは、公式プログラムの制作を引き受け、第5回仙台でも担当。この公式サイトについても、2012年から担当し、現在に至っています。

 編集やWeb制作というのは、一貫して黒衣ですし、そのポジションにいることの居心地の良さは格別です。ただ、ここに来て、これまでいろいろな場面でお世話になってきたNPOを、もう一度リフレッシュさせる必要を感じたのも正直なところです。2015年11月に妻を亡くしたことが、気持ちを後押ししたのかもしれません。人心が一新され、新しいNPOの運営体制が誕生しました。長いこと、一般会員として参加させていただいた経験や思いを、組織運営やヴィジョン作りにきちんと反映させ、将来につながる基盤を固めたいと感じています。どうぞよろしくお願いします。

南村 潤 理事(新任)Jun, NAMURA

「今までチェロを弾いてこられた恩返しの気持ちで、活動します」



南村 潤 理事 初めまして、このたび、理事に就任しました南村潤といいます

 私は大阪でチェロを教えて、関西を中心に演奏活動もしています。この1000チェロに誘発されて、私個人も、私の生徒さん中心にしたチェロアンサンブルを主宰していまして、もう10年になります。

 チェロアンサンブルは、いい曲もいっぱいあって、こちらの方も私にとって大事なライフワークになっています。演奏の方は主にソロを中心にしていますが、チェロアンサンブルはソロでは体感できない、なんとも言えない魅力があると思っています。

 これまでは自分のためにチェロを弾いてきましたが、今回は今までチェロを弾いてこられた恩返しの気持ちで、理事就任の誘いを受けることにしました。皆さんと楽しんで活動ができればと思っています。

 写真は、2015年のリサイタルの時の写真です。皆さんとお会いできる日を楽しみにしています。これからよろしくお願いします。

前嶋 淳 理事(新任)Atsushi, MAEJIMA

「アンサンブル活動のさらなる質の向上を」



前嶋 淳 理事 新しく理事を仰せつかりました前嶋 淳です。

 東京交響楽団、山形交響楽団を経て、仙台フィルハーモニー管弦楽団で26年間チェロ奏者として活動し、2005年に退職しました。在団中には1990年に発足した仙台ジュニアオーケストラのチェロパートの指導や中新田バッハホールで隔年で行なわれるジュニアコンクールでチェロの審査員などにも携わりました。現在はNPO法人「ミューズの夢」オーケストラ、東北チェロアンサンブル協会「銀河」のアンサンブル指導の役割を担っています。

 NPO国際チェロアンサンブル協会へは昨年、仙台で行なわれた「第5回1000人のチェロ・コンサート」に参加するために、入会いたしました。「1000人のチェロ・コンサート」は不定期開催ですが、各地で行なわれている日常のアンサンブル活動の総決算的な意味合いもあり、日常のアンサンブル活動の充実が基にあるべきで、そのために協会は、どのような役割が求められているのかを考え、方策を具体化していくことが必要だと思います。

 退任された高橋明さんが力を入れて取り組まれていた被災地支援コンサートも、引き続き行なっていくことは、協会の重要な役割であると考えています。微力ではありますが、精一杯努めたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

森 加代 理事(新任)Kayo, MORI

「貴重な瞬間が生まれる機会を継続させることが、自分の役割です」



森 加代 理事 このたび、NPO国際チェロアンサンブル協会の理事に就任することになりました森 加代です。

 神戸での第3回から「1000人のチェロ・コンサート」に参加させていただいて、拙くも海外よりご参加の方々や招聘チェリストのアテンドの他、事務局の雑務など様々な裏方のお手伝いをさせていただいてまいりました。

 2005年5月、神戸に出発する数日前に、チェロのお教室の大先輩である故 関 義治さんにお目にかかりました。ご高齢のため東京に留まられる関さんは「森さん、僕の分も神戸を見てきて。一生懸命弾いてきてくださいね」と強く握手くださったのでした。コンサートの間、お隣でご一緒して心許ない後輩を支えてくださっているような不思議な気配に守られて、演奏に参加しました。

 演奏をご一緒するチェリストは勿論のことですが、関わった多くの方々とも心を通わせることが叶いました体験は、その後東北での東日本大震災復興支援キャラバンコンサートなど、NPOの様々な活動にも、ともにあって寄り添う精神と重なって、一貫して引き継がれてきているのを実感します。

 楽しいだけでなく、貴重な瞬間が活動から交流から生まれるのを継続できるようお手伝いすることが、自分の役割だと考えています。

 内部管理と外部報告を適切に行ない、協会の維持と活動の適切な遂行のため、また社会的な説明責任を果たすために、目的の原点を大切に事務局長と連携して、事務局の運営に非力ながら関わらせていただきます。未熟なことばかりですが、精一杯努めますので皆様のお力添えを賜りたく存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

中村 幸太郎 監事(新任)Kotaro, NAKAMURA

「地方の組織を大切にしていく観点からも、お役に立ちたい」



中村 幸太郎 監事 「1000人のチェロ・コンサート」には、1998年11月に神戸で開催された第1回から、2015年5月に仙台で開催された第5回まで、すべて参加しています。

 第1回のチェロ・コンサートに参加した中四国地区のメンバーが中心となってチェロアンサンブル「閑人会(かんじんかい)」が結成され、その会のお世話をしています。

 神戸での演奏会を記念して、2002年には、笠岡へ130人のチェロ弾きが全国から集まって、チェロだけの演奏会を開催しました。2003年には「高円宮様追悼のつどい in 岡山」を、2004年には「第1回チェロアンサンブル・コンテスト in かさおか」を開催しました。この「チェロアンサンブル・コンテスト in かさおか」は、「1000人のチェロ・コンサート」が開催されない年に開催しており、今年も、7月31日(日)に「第9回チェロアンサンブル・コンテスト in かさおか」として、開催します。


 「1000人のチェロ・コンサート」には、第3回と第4回は理事としても参加しました。昨年5月に仙台で開催された第5回は、一般参加者としての参加でした。

 今回、国際チェロアンサンブル協会の体制を一新するにあたり、監事に選任されました。新しい体制での再出発にあたり、地方の組織を大切にしていくという観点からも、少しでもお役に立てればと思っています。よろしくお願いします。

吉水 弘行 監事(新任)Hiroyuki, YOSHIMIZU

「NPOの公正かつ円滑な運営について、お役に立ちたい」



吉水 弘行 監事 監事を承りました吉水弘行です。

 私は、証券会社で主に国際業務に携わり、ヨーロッパや中東で13年の海外駐在を体験し、日本に戻ってからは、主に経営企画部門に従事しておりました。証券会社を退職後、東北文化学園大学で総合政策学部長を勤めた後、2015年3月に7年間の教授職を退きました。

 現在は東京に戻って、CSR(企業の社会的責任)の観点から、企業を評価する調査会社を手伝っています。私自身はチェリストではありませんが、NPOの公正かつ円滑な運営に、私の経験が少しでもお役に立てればと、お受けいたしました。

松本 巧 顧問(留任)Takumi, MATSUMOTO

「次世代に、1000チェロの精神をつなげていきたい」



松本 巧 顧問 皆さん、再びNPO国際チェロアンサンブル協会顧問にご指名いただきました松本巧です。

 1998年11月にWeinsheimer氏の呼びかけで、「第1回1000人のチェロ・コンサート」を当時ご健在の高円宮憲仁親王殿下を名誉総裁にお迎えして開催しました。以後、神戸で2回、広島で1回と継続され、2015年5月には仙台の地で、震災復興支援を願って第5回目を開催することができました。私の後を継いで運営・企画に携わってくださった前理事の方々の労苦を惜しまないご尽力の賜物と心から感謝申し上げます。

 当NPOは平成13年2月に設立されて丸15年が経過します。NPOが目指すのは定款にも記されていますが、それらの集大成は「1000人のチェロ・コンサートの開催」です。第1回以来、その精神的基調はカザルスが述べた「音楽家であるより以前に人間でありたい」という、「隣の人にやさしい」、「隣の人の音が聴ける」そんな人々で「1000人のチェロ・コンサート」を奏でることです。この響きは日本が世界に誇る芸術的、感動のまさに「世界遺産」にノミネートすべき偉大な宝ものです。

 髙坂新理事長を軸に、新生NPO国際チェロアンサンブル協会は全国各地のチェリストの皆さんの声をいただきながら、前述の1000人のチェロ精神を尊重・遵守できる人々で次世代に繋げるべく活動をしていきます。

 顧問としてその成長と継続を見守りつつ、一人のチェリストとして皆さんの演奏の輪にご一緒させてください。どうぞよろしくお願いします。