高橋明理事からの報告

ワレフスカさんとの出会い

ワレフスカさんにチェロケースにサインいただく

 私とワレフスカさんとの出会いは、2010年6月5日の前回来日ツアーの上野学園石橋メモリアルホールでの演奏会でした。大きなセンセーションをよんだ36年ぶりの来日公演に、なぜ仙台からチェロを担いで出かけていったかについては、詳細は忘れてしまったのですが、おそらく「1000チェロ」関連の情報源から知らされたのだと思います。この日の公演は、ツアーの後半からピアニストが変更になり、今回も同行されている福原彰美さんとの最初の公演でした。今回のツアーと同様、最初の曲はバッハの「アリオーソ」でした。最初の一音で圧倒されました。今回も行く先々で皆様が感じられたことと思いますが、芯の強い強靱な意志を感じさせる音で、それでいて暖かく深みのある独特の音色でした。1740年作のベルゴンツィという名器をお使いということを後から知りました。

サインいただいたチェロケース

 終演後、CD販売とサイン会があり、購入して半年のチェロを持っていきました。チェロケースにサインをいただく心づもりだったからです。長い列の最後の方で、白ペンを渡してケースを机の上に横にしました。名刺をみて「Wishing Dr. Akira Takahashi much happiness always with our beloved Cello!」と書いていただきました。このケースはまだ使っていますが、もう書き込む場所がないくらいです。この時いただいたワレフスカさんと福原さんのサインは一番気に入っているものの一つになりました。
 以後、クリスマスカードをいただいたりする交流が続き、2012年になって今回のツアーのとりまとめをされた当協会会員でもある、渡辺一騎さんから仙台公演を仕切ってもらえないかという提案をいただいたのです。

ニューヨークの自宅への訪問

 趣味でマラソンを始めて、最初のフルマラソンが2007年の第1回東京マラソン。その後2007年、2008年、2009年、2011年とほぼ毎年11月に4回のフルマラソンを走ったのが、市民マラソン最高峰のニューヨークシティマラソンです。年1回の自分へのご褒美ということで、毎年楽しみにしているのです。震災以後は、震災のレポートとチャリティもこのニューヨーク行きのタスクに加わるようになりました。
 当初は2012年10月に東北に訪問いただいた「911家族会」の方々へのお礼と募金活動をかねて、マラソンの後にニューヨーク市内で、ワレフスカさんのチャリティ演奏と私の震災の体験談をセットにしたイベントを計画しました。ワレフスカさんも乗り気でしたが、残念ながら準備期間が短く、先方が無理ということでできなくなってしまいました(余談ですが、今回の公演後、ご本人や福原さんと相談。ぜひ今年の11月にやりましょうという話になりました)。

巨匠のご自宅にお邪魔しました

911記念館で家族会のメンバーと

 そこで、イベントは別の場所でやることにして、ニューヨークでは、911記念館の訪問と、ワレフスカさんのご自宅にお邪魔することになりました。仙台公演を引き受けるのも何かの縁と思えましたので、思い切ってご自宅に訪問できないか、渡辺さんにお願いしてみたところあっさり実現したのでした。マラソン本番は2012年11月4日(日)、日本を出たのが、11月2日(金)の朝でした。
 ニューヨークでは、10月25日(木)をピークとして、マンハッタン島南半分からスタッテン島にかけて大きな被害を出したハリケーン・サンディが問題になっていました。南半分は停電し、地下鉄が浸水する、史上稀に見るニューヨークの自然災害でした。しかし市長のブルームバーグ氏が10月30日(火)に予定通り挙行する声明を出していたので、こちらも出発したのです。滞在中の11月2日(金)の朝に主催団体のニューヨーク・ロードランナーズから最終的にハリケーン対策を最優先するため、マラソン史上初となる開催キャンセルがアナウンスされました。その日の午後にワレフスカのアパートに行きました。セントラルパーク東側のがっしりした石造りのアパートは中に入ると、まったく外の喧噪が嘘のような素晴らしい静寂の世界でした。この静けさは彼女の最も誇りとするもののようでした。

チェロのアドバイスを受ける

スタッテン島の被害(11月4日)

 到着するなり、「Akiraのために用意したものがある」と言われて、どっさりとニューヨーク・タイムズの束を渡されました。自然災害をあまり経験してこなかったニューヨーク市民としては、大きな被害に茫然自失の体でした。丁度、フェイスブックで話題になっていた、スタッテン島にフェリーで渡り、支援物資をバックパックに詰めて、走って島中の被災者の方々に届けよう、という企画の話をしたりしました。
 12月1日に仙台で予定されていた小生のイベント(「生まれてから六十年を感謝するチャリティコンサート」)についても相談しました。このイベントでは、バッハの無伴奏チェロ組曲第2番全曲の演奏を考えていました。その他、ピアノやトロンボーンなどアンサンブルでの出演も予定していました。問題は無伴奏第2番で、プレリュードとサラバンドは先行して取り組んでいたのでまだしも、他はようやく楽譜を追っている段階で、問題だらけ。聞かれたことは「演奏していてComfortableかどうか?」ということでした。たしかにComfortableではないのだけれど、自分として今の時期にどうしてもやっておきたいのだ、と伝えると、いくつかの改善の提案をしてくれました。他の曲(白鳥や石川啄木"詩の初恋"、はては"荒城の月"を歌ってみせたりもしました)も見ていただいた上で、弓を最後まで使い切るコツ(特に先弓でフォルティッシモ!など)や、左手のスケールの勉強法、ビブラートのかけ方まで、いろいろとご指導いただきました。(この時に弾かせていただいたのが、ベルゴンツィだったと今回の訪問で最終的に判明。もったいないことをしました)

仙台公演の準備

 2012年3月に松本さんの依頼を受けて、石坂団十郎さん、清人さんのコンサートを約1ヵ月で100名のホールで開催したのが最初のクラシックコンサートのマネージメント経験でしたので、大変不安でした。出演者のギャラを含めて特別扱いとしていただき、チャリティーコンサートして被災地支援を行なう、という大枠だけが先に決まりました。他の公演が大きなホールで準備されていることもあり、300席程度の中ホールが室内楽のコンサートでは主流の仙台で、破格の800席のホール(仙台フィルの本拠である仙台市青年文化センターのコンサートホール)を選びました。
 被災地域内で開かれるチャリティーコンサートという特殊性から、全体の採算を取れる範囲で寄附をすることと、被災地域にお住まいの方々をコンサートに招待する、仙台での開催を予定している「第5回1000人のチェロ・コンサート」のプロモーションや、人材発掘に役立てる、などの点を獲得目標としました。団十郎さんのコンサートの経験から、まずポスターなどの印刷に向けて動き出したのが、2月下旬でした。そして、お手伝いいただくボランティアの実行委員をお願いしたり、被災地域の知り合いに宣伝したりしていきました。

圧倒的な広報活動の不足

 多くのクラシックの公演に言えることなのだそうですが、いくら巨匠で素晴らしい演奏家がいらしても、知られていないということが一番問題のようです。途中から多くの知り合いに相談したところ、FacebookやTwitterを使った情報拡散の重要性とそのために1カ所に情報がコンパクトにまとまっている必要性がある、(その他に準備の状況の不備について多くのためになる叱咤激励をいただいたのですが、すべては書ききれません。ネットで知り合ったお会いしたこともない方々からの支援がこれほどありがたかったことはありません)、などの指摘をいただき、Facebook内のホームページを作ったり、手作りのHTMLだけのHPを公開したりしました。あらゆる繋がりを活かして、チケット購入を勧めたつもりですが、次回はもう少しスマートに余裕をもってすすめられると思います。

街頭募金もやりました

街頭募金のための演奏

 被災地域の方々のために送迎バスを出す計画については、別会計で寄附を募って行なう予定で、ICESのホームページのCoCoサイトを利用させていただいて、寄附を募りました。月曜の夜のイベントで、被災沿岸地域からの往復では帰るのが深夜になってしまう、そのため私がたくさんの子どもに来てもらいたいという思いは形にするのが困難など、そもそもの計画の問題も指摘されました。当初、大型バス3台(これは座席の関係からの希望的観測でした)の予定を1台に減らして、何とか実行することができました(別会計の募金は結果として余剰がでましたので、その分は本コンサートの寄附に回させていただきました)。
 途中の段階では、チケット販売の苦戦と、募金の伸びの限界が見えていて、どうしようか悩みました。ある支援の方からの提案で、街頭募金もやろうということになり、これが結果的に、こちらの意欲やモチベーションを高め、ネットでの募金も増やす効果がありました。思いっきり目立つようにするために、もふもふの鬘を被って、派手に演奏、募金を行ないました。これが4月6日と14日です。14日は満開の桜のもとで近くの公園に出かけて行ないました。
 最終段階ではチケットの販売と協賛に費やされました。特に4月20日(土)は、当初お二人が石巻の仮設住宅集会所で演奏をする予定で、それに合流するつもりだったのですが、丸一日電話かけを行ないました。お陰様で友人・知人そのまた友人・知人のたくさんの協力を大量に集めることができました。普段の繋がり、交流の大切さをつくづく感じました。

感動の本番

 前日は4月末にしては記録的な降雪があり、会場の仙台市青年文化センター向かいの森林公園が一面の雪景色となり、また途中の桜にぼた雪が積もる滅多にない景観をお二人にお見せすることができました。別の団体のリハーサルの予定が入っていたのですが、お願いして、ピアノを選定いただけました。会館としてはおそらく年代物のスタインウェイをお選びになると考えていたようなのですが、弾かれてすぐにNobleな音が素晴らしい、ということで、ベーゼンドルファーを選ばれて、少し驚きました。当日のアンケートでも、あのホールで初めてベーゼンドルファーの本当の響きを堪能できたというご意見も寄せられました。

リハーサル中のお二人

 仙台滞在中は余計なことは一切なさらず、観光とか温泉とかのオプションも用意していたのですが、すべてコンサートに集中されている様子でした。宿泊先の江陽グランドホテルにお願いして、グランドピアノを弾けるようにしたので、お二人でのリハーサルも前日になさったようです。当日は直前の音だし、譜めくりとの簡単な打合せだけで本番にのぞまれました。5月ということで予約をしていなかったのですが、楽屋およびホールに最初は暖房が入っておらず、それに気付くのが遅れて寒い思いをさせてしまいました。ワレフスカさんは今回ツアーの最初から腰痛があり、楽屋には完全に横になれるベッドを用意したのですが、これもとても好評でした。

終演後の挨拶

ディナーの時のお二人

 主催者特権として終演後に挨拶をしましたので、それを全文収録させていただきます。終演後はご希望の会員などとともに中華のディナーを一緒にいただきました。

 今日は本当にお忙しいところ、なかなか素人の運営で至らないところが多かったと思いますが、十分堪能いただけたと思います。私は、震災のあと、とても絶望しまして、こんなことがあって良いのか、という気持ちになったのですが、今日の音楽を聴いて、やっぱり、希望を失ってはいけないと言うこと、本当に音楽の力で伝えていただけたということ。音楽には言葉とか行動にはない、力があるとまた改めて確信いたしました。それでこのタイプのイベントを大体半年に一度くらいずつ、やっていきたいと思っております。プログラムにも書かせていただきましたが、2015年の5月に「1000人のチェロ・コンサート」というのを仙台でやる予定になっております。その(仙台での)総まとめを私がやるということになっておりまして、是非長丁場でなかなかたいへんなんですけれども、引き続きご支援をいただきたいと思います。

広田湾をのぞむ小友町に植樹された松苗(高田松原を守る会提供)

今日の収益に関してはご案内の通り、すべてを陸前高田の”高田松原を守る会”に寄附させていただきます。守る会は7万本の松をもう一回作るということで下に写真が出ていますが、つい先日撮ってきてもらったんですけれども、松を育てているんですよ、下に一年たった松がどんな(状態)かという写真が出てますので、是非見ていただきたいと思います。今度の日曜日に今日の義援金をもって、音楽の仲間とともに、3ヵ所の公演をやって来る予定にしております。本日はどうもありがとうございました。

“チェロの女王”ワレフスカの最新録音が登場!
門外不出の恩師ボロニーニ作品も6曲収録

2015年11月20日 タワーレコードより限定ニューリリース

 2010年に36年ぶりに来日し、そのスケールの大きな技巧と豊かな音色、洗練された感覚を併せもった演奏により話題を呼んだクリスティーヌ・ワレフスカ(1948~)。今回のディスクは2014年6月にカナダで録音された17曲のチェロ小品を収めたもので、ピアノは2010年来日公演での共演以来、深い信頼で結ばれている福原彰美さん(1984~)が務めています。チェロ小品集の名曲名盤として、多くの方に聴いていただきたい1枚です。(タワーレコード)
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